2012年日语能力考试二级阅读练习(六)

全国等级考试资料网 2019-01-23 08:32:35 69
(1)
拝啓
新緑の候
皆様お変わりなくお过ごしのことと存じます。このたび、18年间住み惯れた北九州市より、京都の郊外に越してまいりました。近くにはまだ田园风景も残っており、散歩には最适なところでございます。京都にご旅行のせつはどうぞおたちよりくださいますよう。 
敬具
5月6日
 高桥年夫山田 正雄様
问いこの手纸はどんな手纸か。
1招待状
2引越しの挨拶状
3お礼の手纸
4旅行先からの手纸
(2)
ポケットに本を一册入れて旅に出る、野原を歩く、町のどこかにすわって読む、というのはたのしいことだ。十代半ばだったが、一册の长编小説をしゃがんだままよんでしまったことがあり、目を上げたときに日の光がかわっていたことを思い出す。私にとって一つの幸福だった。
问い「日の光がかわっていた」というのはどんな意味を持っているか。
1知らないところに行った
2目が痛くなった
3远くまで歩いた
4长い时间がたった
(3)
ある雑志を眺めていたら、近顷の中学生や高校生の女の子は自分のことを仆と呼ぶと言う记事が载っていた。実は、私も自分のことを仆と呼ぶ一人だ。もう高校生でもないのにちょっと耻ずかしい。目上の人の前では注意深く、「私」または「あたし」を使ってはいるが、自分の言叶に热中してしまうと、つい「仆」と言ってしまい顔が赤くなる。
问いこの文章から、笔者について考えられることは次のどれか。
1男性である
2女性である
3中学生である
4高校生である
(4)
土曜日の午後、玄関のブザーが鸣った。妻も娘も台所で何かやっている。「出るよ」と声をかけた。ドアの向こうに邮便配达员が立っていた。「どなただったの。」台所から妻の声。「うん、小包だ。田舎のおばあちゃんからだ。」
问いだれがだれに「出るよ」と声をかけたのか。
1笔者が邮便配达员に
2妻が笔者に
3笔者が妻と娘に
4おばあちゃんが笔者に
(5)
生まれたばかりの赤ちゃんには、文化の违いや国籍による违いはみられない。日本で生まれた赤ちゃんも、アメリカで生まれた赤ちゃんも、アフリカやアジアの诸国で生まれた赤ちゃんも、最初はみんな同じである。たとえ、皮肤の色に违いがあったとしても、その行动様式に大きな违いは见られない。
(a)、その後数年たつとそれぞれの文化のなかで育った子供たちは、それぞれの文化に特徴的な様相を示すようになる。食事の仕方、睡眠のとり方、游び方といったことから、考え方にも违いが现れる。
问い(a)の中に入る言叶として、どれが最も适当か。
1しかしながら
2そういえば
3このように
4したがって
(6)
日本人が生の野菜を料理として食べるようになったのは、第二次世界大戦後のことで、そんなに昔のことではない。长い间、日本人が食べてきた野菜料理といえば、煮たり焼いたりしたものや、あるいは渍物であった。日本が开国し、明治时代になってから、肉食の习惯とともにいろいろな种类の野菜が入ってきた。それでも、そのころのサラダはジャガイモをゆでてつぶしたものが主で、今とはずいぶん违っていたようだ。
问い「そのころ」というのはいつごろのことか
1肉食の习惯が入ってくる前
2开国する前
3第二次世界大戦後になってから
4明治时代になってから
(7)
20歳以上の男女に朝の目覚め方について闻いたNHKの「生活时间意向调査」によれば、「目覚まし时计で起きる」が约2割、「自然に目を覚ます」が7割弱、「家の人に起こされる」が1割弱でした。とくに、女性の20代?30代では「目覚まし时计で起きる」人が多く、それぞれ4割强の人が目覚まし时计の爱好者という结果。同じ年代の男性の3割近くが「家の人に起こされる」のに対して、女性の场合はグッと少なく、20代でも8%、30代になるとわずか3%でした。
问い30代の女性で目覚まし时计で起きる人は何%ぐらいか。
1约40% 2约30% 3约20% 4约3%
正解
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